黒真珠のピアスを買った
年始にこんなことを言っていた。
今年は黒真珠のピアスを手に入れたい
— 華 (@8210pink) 2026年1月4日
どこのブランドとかなくて、テンション上がるぐらいの価格で、でも万が一なくしてしまっても立ち直れるぐらいのやつ
なぜ黒真珠かというと、名探偵コナン16巻で初登場した怪盗キッドが狙うお宝だからである。
去年からTASAKIやらMIKIMOTOやらのサイトを見たり、楽天を探したり、なんやかんやチェックしていたけど「そういうことじゃないねん」の連続だった。
ブランドジュエリーがほしいわけではない。そこまで張り切らなくていい。家賃以上の金額を払ってまで手に入れたいわけではない。だからといって、楽天で1000円とか2000円のものを買うのも味気ない気がした。
そして見ているうちになんとなくわかってきたが、私が目を引かれるタイプの真珠は高い。
これは見る目がある自慢ではなく、いろんな真珠の写真を見る中で、私はシルバーっぽいものよりも、ちょっと緑がかった黒が濃い真珠が気になるのだと自分の好みがはっきりしてきただけである。だってコナンの白黒のマンガでばっかり見てたから色のイメージとかないし。で、緑がかった黒真珠はたまたま高かった。たぶん。
真珠のグレードには「テリ」が重視されるということもツイッターのおすすめ欄から学んだけど、そこは特に興味がなかった。コナンに出てくる黒真珠は長年所有されているため表面がくすんでいると描かれていたので。
こんな感じでうっすら「落としても絶望しまくらないぐらいの値段で、良い感じの黒真珠ピアス買えんかな~」と、たまに百貨店でジュエリーショップを覗いたり、インスタでジュエリー店のポストを眺めたりして過ごしていた。
そしてたくさん見る中で、私は装飾やほかの石がついていたり、チェーンでぶらさがっていたりするようなデザインよりも、シンプルな一粒パールがほしいんだなということがわかってきた。
1月中旬に韓国に行った際にはジュエリーストリートにも行った。百貨店みたいな建物のワンフロア全てがジュエリーショップになっていて、隅から隅まで探したけれど、好みの色で手ごろなサイズと価格の黒真珠はなかった。
そもそも、落としても痛くない程度の値段で濃い色の黒真珠を買いたいというのは厚かましい願望なのかも…と諦めかけていたところ、東京へ行く機会があった。
そしてたまたま何か(おそらくTwitterのおすすめ欄)で「一粒パールのピアスなら御徒町で買うといい」という情報を見かけた。
「確かにな!?」と思った。
一粒パールなら、問屋街に行けばいいものが手の届く価格で手に入るかもしれない。
というわけで、東京で用事が済んだあと、御徒町へ繰り出した。
残念ながら日曜日で営業していない店も多かったけれど、PEARL SEIWAというパールのお店が開いているとわかって行ってみることに。
ジュエリー店なんてまともに入ったことはないので緊張する。
恐る恐る入ってみたら、優しい女性店員の方が声をかけてくれた。
黒真珠のピアスを探していると伝えると、店頭のものも並んでいないものも出して見せてくれた。
「こっちはアコヤ貝を染めたもの。こっちは黒蝶貝から取れる、元から黒い真珠」「黒蝶貝は貝そのものがアコヤより大きいから真珠も大きいものが取れる」と説明してくれた。
恥ずかしながら私は黒真珠に「染めたもの」と「元から黒いもの」の2種類があることも理解していなかったため、(鈴木財閥の家宝なんだったらやっぱり染めたんじゃなくて元から黒くて、大きくなりやすいほうの真珠なんちゃうかなぁ。ビッグジュエルやしなぁ)と雑な解釈で黒蝶貝を目当ての黒真珠とすることにした。
このお店には、好みにばっちりなほど緑がかった黒の濃い真珠があり、しかもセールになっていた。家賃よりずっと安いが、「ジュエリー買ったぞ!」とテンションがあがるぐらいの値段ではある。
「えくぼ」と呼ばれるへこみがついているため特価になっているのだと教えてくれた。たしかにいくつかへこみがある。
「えくぼがないと高いんですか?」と聞いてみたら、「でもセールじゃない6万円の方にもえくぼあるでしょー!?」と店員さん。(外国の方で、丁寧かつフレンドリーな口調だった)
確かに同じような色味で特価ではない真珠にもへこみはある。じゃあ別に6万も出すことないか、と思った。
ただ、やはり万単位の買い物なので即決は怖い。
御徒町に来て最初に入った店だったので、ちょっと他も見てみるとお断りして、駅前に立ち並ぶジュエリー店に片っ端から入ってみることにした。
ない。
私の好みの、緑っぽい黒の真珠が全然ない!そもそも黒真珠自体が少ない。
挙句、駅近くの某店に入ったら
「黒真珠一粒のピアス探してるんです~」
「一粒のはないですが、ダイヤがついてるのはどうですか?」
「ダイヤはついてなくていいです」
「あ、じゃあないですね」
みたいな接客を受け、最初から一粒やゆうとるのに違うモン勧めてあからさまにやる気なくすなや悪いのそっちやろがいとバチギレモードになり退店。
PEARL SEIWAの店員さんはド素人庶民にもとても優しかったナ…とモヤモヤしながら次から次へと店に入るも、やっぱり好みのピアスが見つからない。結局引き返すことにした。
18時閉店だと聞いていたので急いで戻ると、「おかえりなさ~い」とニコニコで出迎えてくれた。優しい。
「あとからえくぼないの欲しくなるかなぁ」とモジモジ相談したら、「もし今後さらに気に入った真珠を手に入れたら、このピアスは金具を買えてネックレスにもできる」といったことも教えてくださり、そういう楽しみ方ができるのも知った。
それに、話している間に(別にピアスの真珠を間近で見るほど人と接近することもそんなないか!)という気分にもなってきた。
何より店員さんがとても親切だし、予算内で気に入った色の真珠に出逢えたのも初めてだった。
たぶんこの機会を逃したら、次に同じような買い物体験はなかなかできなさそうだなと思った。
ので、買っちゃいました~~!!念願の黒真珠!!

嬉しい!出し惜しみせず日常的に使っていくぞ~!
「今年は黒真珠のピアスを手に入れたい」と1月に言っていたのが2月には手に入って、早くも2026年の願望を叶えて大満足です。
ただ、とても良い買い物体験だったので、「万が一なくしてしまっても立ち直れる」わけではないだろうなと思う。だいじにします。
文フリとコミティアに出られなかった
インフルエンザで文学フリマ東京とコミティアに出られませんでした🔥🔥
という哀しみを供養するために書き殴ります。
あまりにも気落ちしすぎて「もうしばらく本作るモチベないよ~……」と三日間ふさぎ込み、ポケモンZAのサブミッションをひたすら進めていた。めんどくさくてメインストーリークリアまでほぼ全部放置してたのが、4分の3ぐらい進んだ。
そして、昨日の夜中に突然「書いて吐き出さないと気が済まん!」と決意して就寝。
起きたらトナカイフサコさんから昨日のレポエッセイが送られてきていた。
なおさら私も書かずにはおれん。
まずは私がどれだけこの即売会2daysを楽しみにしていたかを聞いてほしい。
文フリは出遅れて抽選に回されないように今年の4月から申し込みを済ませ、航空券を予約し、東京の友人に同席を依頼していた。
売り子というよりは、あまりゆっくり会える機会がないので、椅子を置くからお喋り相手になってよ~というノリ。
イベント終了後にはお礼に新橋の肉料理専門店を予約した。肉を食べたかったので(私が)。
コミティアはマンガのイメージがとても強くて、文字書きが参加しても楽しめないかなと二の足を踏んでいた。そのうえいつも申し込みのタイミングを把握しきれず逃していた。
だが、今回はやっと申し込み期間内に気づくことができ、しかも文フリと連続した日程なので交通費も節約できる!
そう喜び勇んで申し込んだら応募多数で抽選になったため、毎日祈りながら得た「当選」だった。
旅行本を出しているフサコさんもコミティアに出るとのことで、同じホテルに泊まろうという話に。
フサコさんとも長いことゆっくり話す機会がなかったため、これを機に旅行とか同人誌制作の話とかできるかもしれないなぁと楽しみにしていた。
イベントには数年会えていない友人も来てくれるというし、フォロワーさんたちもたくさん参加しているし、気になる本も山ほどある。
何より、出店者として最高の喜びは、読み手の方が直接買いに来てくれるということだ。ただの会社員の私の本を買うために貴重なお金を出してくれて、「楽しみにしてました」とか「前に買った本がおもしろかったので」なんて言ってもらえる瞬間の喜びは、日常の労働の中では味わえない。
9月に大阪で新刊を出したので並べる本はあったのだが、せっかく2日間も楽しいイベントがあるのだから、さらに新刊がほしい。9月にシンガポール旅行へ行ったばかりだったので、シンガポール本を出そう!
そう決めて、10月・11月はひたすら残業と休日出勤が続く中、私は制作に取り掛かった。予定していた入稿日にどうにかギリギリ間に合ったものの、会場搬入の期限は過ぎてしまうため、自宅に送ってもらった。
家で保管していた既刊や卓上ディスプレイのセットだけは先に会場に送っておいたので、当日は新刊を持っていくだけでいい。
あとは前日の土曜日にポスターや値札を作ったり、荷造りをしたりしよう。
そう思って迎えた金曜の朝だった。
「なんか、やたら鼻水でるな……」
別にしんどくもなんともないのに。花粉症かな。それともまさか……と、数日前に上司が退勤直前に告げた言葉がよぎる。
「しんどい。インフルかも」
……まぁ、でも人生で一回もインフルエンザに罹ったことないし。前の職場でも私の周りの席が全滅したところで私だけ残ってたし。花粉。これは花粉。な。花粉であってくれ!
と祈りながら仕事をするも、徐々に頭がぼーっとして、夜になると寒気がしてきた。一日でこんなに体調が悪化することってあるんだ、とビビる。
「知らんけどぜっっっったいこれインフルエンザやんけ……」と欠席を確信し、半泣きのまま週明けに出さなければならない仕事だけは片付けて退勤。
同席をお願いしていた友人と、フサコさんに「体調不良なのでもしかしたら予定に変更が出るかも……」と連絡を入れ、カップうどんとアクエリアスを買い込み、とりあえず家にあったジキニンを飲んで寝た。
翌朝起きても体調は回復していなかった。
近所の病院に、発熱している私が今から行きますよと連絡を入れてから向かう。病院の外で問診票を記入したり検査(綿棒で鼻ぐりぐり)を受けたりしたあと、診察室に呼ばれて入ったら、予想通りインフルエンザの診断が下った。
「水曜日まで自宅待機ね」と告げられ、呆然。
診察室を出て会計までの間に、いろんなことを考えた。
「宅配搬入した荷物どうしよう…同席者さんに返送だけしてもらうとか…でも出店者パスは私が持ってるから入れない…一般入場チケットを負担すれば入ってもらえるか…それならそのまま売り子は…いや出店者シールがもらえないわ…スタッフさんに事情を説明したらどうにかならないかな…でも一番並べたかった新刊は家にあるし…ていうか人にそこまであれこれお願いするのも申し訳ないし却下だな…文フリに出てるフォロワーさんに返送だけ誰かお願いできたりしないかな…いやそれも人の手を煩わせるよな…何か対処法はたぶんあるだろ…帰って規約読むか…」(規約は届いてすぐに読みましょう)
家に帰らないとどうにもならないので、ひとまず約束していた人たちに「インフルエンザでした」と連絡を入れた。予定が全て台無しになってしまったのに、みんな優しい言葉をかけてくれた。
「せっかく新刊作ったのになぁ……」としょんぼりしていると、フサコさんから追加のメッセージが来た。
「華さんの新刊、(コミティアで)私のスペースで売らせてもらうのどうでしょう…?」
「文フリも代わりに立ちましょうか?」
神様?
私は頭が働いていないのをいいことに、遠慮皆無で「ありがとうございます!!」と即レスをした。
フサコさんは近所に住んでいる。彼女なら家にある新刊も文フリ出店者パスも手渡しできるのだ。
この時点で、私の交通手段はキャンセルしても半分以上は支払わないといけない状態になっていた。それならフサコさんに乗ってもらうことで、せめてものお礼に交通費を浮かせられる!と考えたのだが、提案するのに少し躊躇した。
早朝発なのである。
私は朝イチから食い意地を発揮し、東京で朝食や買い物を楽しもうと無駄に余裕のある旅程を組んでいた。
「これ、使ってくださいって言っても、早朝から動いてくださいの意味になってすごい失礼なことにならんか…?」と気にしまくりながら、提案を送った。
幸いフサコさんは快諾してくれて、「夜に新刊と出店者パスを受け取りに行くから、ほかに必要なものをアレとコレとソレと用意しといてください!」とリストアップして指示までくれた。
すごい。しごできすぎる。めちゃくちゃ出店慣れしている。安心しかない。
指示通り、欠席の貼り紙やポスター、値札などを作ったり、見本誌のラベルを貼ったり、必要な準備を済ませて薬を飲んで寝た。
起きたらフサコさんの描いた「華さんの委託をすることになったレポ」マンガペーパーが送られてきており、スピード感に圧倒される。
週末の文学フリマ東京41とCOMITIA154で配布したペーパーです。 pic.twitter.com/XFzkL0k8ex
— トナカイフサコ - COMITIA154 に48a (@fusakonomanga) 2025年11月25日
実は「せっかくなので私のブースにフサコさんの本も置いてください」と伝えたけど、全て宅配搬入したとのことだった。
このペーパーは「明日コミティアに出るよ!」という告知を添えたものでもあるのだ。私は告知上手が大好きである。準備が早すぎてすごい。そして私がマンガになっていて嬉しい。
たまに友人たちから「今日のこと、次の本に書く?」と言われることがあるのだが、彼女たちの気持ちがちょっとわかった気がした。自分のレポ、嬉しい。
そのあとフサコさんが荷物を受け取りに来てくださり、謝り倒して全てを託した。
お見舞いにとリンゴまでいただいた。家にある食べ物がカップうどんとスープばかりだったので嬉しい。
自分が行けない事実にはメソメソしつつも、ひとまず新刊は文フリとコミティアに出られる…と一安心して眠ることができた。高熱のせいで自分で気づいて目が覚めるレベルでうなされたが、前日よりは気持ちが穏やかだった。
文フリ当日は、あまりの体温の高さで目が覚めると6時半だった。しばらくするとフサコさんの出発ツイートが流れてきたので、感謝と既読のつもりで「いいね」を押す。
彼女はDMで「設営しました」と丁寧に写真まで送ってくれて、無事に既刊と新刊が並んでいる様子を見て安堵した。私がこの2日間でやりたかったことが、実現されている……よかった……。
そのあともちょくちょく現地のレポを送ってくれて、私は起きたタイミングで拝見し、現地の気分を味わわせてもらった。
さらには私が9月に出した本の感想まで送ってくださり、いい人すぎる。
その本では二次創作界隈での出来事を書いていたのだが、今回のお泊りで私はその詳細や書けなかった話までフサコさんに喋るつもりでいたので、「わーーッッ!直接ゆっくり喋りたかったよーーッッ!!」とメンタルの坂を転げ落ちた。
撤収の際もその連絡や販売数の報告などを丁寧に伝えてくださり、これほんまに労働やん……と恐縮しつつも感謝がとまらなかった。
出店できなかったことや、友人たちおよび読み手の方々に会えなかったことは残念だけど、ここまでしてくれる友人ができたのだという事実には、なんてありがたいことなんだと思った。
同席してくれる予定だった友人も、予定で急になくなってしまったのにずっとこちらを気遣ってくれて、すごく優しかった。いい人たちに恵まれている。
翌日はコミティア。こちらも朝から私のブースに欠席のお知らせを貼りに行ってくれたり、設営完了の写真を送ってくれたりするフサコさん。二日連続で本当に申し訳ない。
既刊は文フリから宅配で送り返してもらって、コミティアでは新刊だけ並べていただいた。かわいいイラストの隣に、紺色表紙ドーン!で恐縮。
Twitterのタイムラインを眺めていると、「昨日の文フリ楽しかった」ツイートと、コミティアで頒布される本のおすすめがどんどん流れてきて、メンタルが削られたので閉じた。
次の開催に申し込もうかなぁと調べるも、「また交通費と宿泊費と印刷代をかけるのか……」と思うと、その気力も失せる。出てみたかったな、コミティア……と、ふてくされて寝た。
夕方、起きると撤収のお知らせがフサコさんから届いた。
寝ぼけた頭で、販売数をメモしてくれた写真を見る。
あれ、昨日と同じ写真かな? 何も変わっていない。
続きのメッセージを読むと、「今日は売り上げ変わらずでした!」と書かれている。
なるほど~!
1冊も売れてない!
この最高に気まずい報告をしなければならなくなったフサコさんの心情を考えると、申し訳ないけどすごい笑ってしまった。
もし私が友達の本を預かる側だったとしたら、めちゃくちゃ言いたくないな、これ!
おそらく自分で行ってこの洗礼を受けていたら、それなりにしょんぼりしただろうけど、このような感想と笑いが先に来てしまったので、「やっぱコミティアは畑が違ったんやな!」とすんなり思った。
私は文フリで咲く華になります。
次の出店予定は何も決まっていないけれど、またどこかでちょうどよさそうなイベントを見つけて出られたらいいなと思う。
ひとまず通販を開始したので、どうぞよろしくお願いいたします。
ちなみにあとから謝罪を受けたのですが、上司は前日から高熱があったらしい。
The JAPAN MAGIC CONVENTION 2025を見に行った

7月、日本人マジシャンのIbukiさんがマジックの世界大会FISMのグランプリに輝いたというニュースを見た。
「黒羽盗一(まじっく快斗)の話に出てくるやつや!生のマジックショー見てみたい!どっかで見れんかな!」と思って調べたら、ちょうど8月に東京でマジシャンが集まるイベントがある。
マジックを見た経験は、ジャニーズのステージでたまにやるのを除いたら、小学校に来てくれたマジシャンの方の公演と、学生時代にバイト先のコンビニの店長(副業マジシャン)がバックヤードで見せてくれたカードマジックのみ。
プロのマジック、見たい。
ということで、東京。行きました。
伊丹空港でバードストライクによる欠航とかいう人生初トラブルに見舞われつつ、即新大阪に向かってどうにか到着。
いまは帰りの新幹線で書いています。
会場はシダックスカルチャーホール。

入場時にかっこいいトランプをいただけてびっくり。
手品はやってないので、ババ抜きとかに使います。
本物のFISMのトロフィー見られて嬉しい!

めちゃめちゃかっこいい。クリスタルの中に手がある。
黒羽盗一もこれを持ってんだな……

マジック道具を売ってる方々もいらっしゃった。
コナンで怪盗キッドが指先に重曹を仕込んでいたときのような道具も売られていて、あれってほんまにあるんや!と感激。
カタログをもらい、いろんな工夫がこらされた道具があるんだな〜と、見ていて楽しかった。
マジックショー、どれも楽しかった!
みなさん手さばきが華麗ですごい。
淡々と披露される方もいれば、「失敗しちゃった…笑」と思わせてそれが大成功につながるひっかけだったりして、めちゃめちゃ楽しい。
これはコンテスト参加者の方々の写真。
会場の客席は、手品が趣味とかマジシャンの方とかマジックバーの関係者とか、知り合い同士が多そうだった。
マジックの公演に来るのが初めてのど素人は「もしかしてこのイベントって関係者向けだったかな…?」と心配したものの、私は神経が図太いので、たびたびマジックにおいて募集される「ステージでお手伝いしてくれる方いますか?」の呼びかけに挙手して、壇上で間近でマジック見させていただきました。
近くで見てもいつどうやってカードを調整したのか何にもまーーーーったくわからなかった。すごい。真横から見られたのに。
コンテストのあとに、マジックグッズ販売店の商品紹介コーナーがあって、「これさっきの人が使ってたやつや〜」と思ってしまうのは、そういう道具があることは察していてもちょっとえぐいなと思った。種明かしをしてもらえるの楽しいというのはありつつ、同業者にはだいじなアピールの場なんだろうけど一般人はもうちょっと夢見ときたかったなという感想もある。(やっぱり同業者向けのイベントだったのかな…?)
一般向けの日と同業者向けの日を分けようかなみたいな話もされていたので、それなら解決なのかなと思うけど、一般人も種明かし見たいしなぁ…。ショーで使われた道具は紹介しないとかだとちょうどいいのかも?なんて思ったり。
飛び入り参加のコンテストもあり、10人以上?の参加があって、すぐ手品やってって言われてそんなにできる人たちがそろってるのか!?とびっくりした。爆速でたくさんマジック見られておもしろかった。
トークショーも楽しかった。
マジックショーをこれからどうやって広めていくかとか、マジシャンをどう育成していくかとかを話し合われてて興味深かった。
一般人のマジックファンが増えるのがだいじだというお話があって、どこの界隈もそうなんだなと思う。
三重では定期的にマジックショーが開かれているらしい。三重なら行けるな…と思うなどした。
トークの中では「見せ方」についてのお話もあった。「楽しんでもらおうというのがだいじ」ってことだった。
まさに、今回の公演を見ていて、トークがうまい方々、声を張って堂々としている方々、表情や演技が上手な方々のマジックが見ていてとても楽しかった。
特に好きだったのは司会者のSORAさんのマジックで、すごいふざけてる感があるのに最後にパッと驚くような仕掛けがあって、めちゃくちゃおもしろかった。
おもろすぎてめちゃデカい声で笑ってしまってちょっとはずかしいぐらいだった。
もちろんふざけている感は意図的にそう見せている演出であって、「なにそれwww」というような積み重ねをしてトドメのマジックを繰り出すので、「おー!!」となって面白い。
10/5には大阪の新世界でショーがあるらしいので、行ける方はぜひ行ってみてほしい。
ゲストショーもみなさんすごかった!
すごすぎて何も説明できない。
何が起こってんの?て思いながらずっと見てた。
バラバラのカードがあっというまに綺麗にそろったりする。なんで?
トリはIbukiさんのマジック。
FISMで披露したマジックを見せてもらえて、本当に来てよかった〜〜!!!
こちらも「なんで?」の連続で、ずっと見てても何がどうなってるのか何にもわからん。楽しい。
全てを何事もないかのようにスマートに進めていってめちゃめちゃカッコいい。
最後の集合写真はどうしても前のお客さんを避けきれず、隙間からIbukiさんを撮ってきた。

このコンベンションは来年以降も続けていきたいというお話があったので、ぜひまた見にいきたい。
帰りは渋谷からめちゃくちゃ早足で品川へ向かい、大急ぎで立ち食いうどんを平らげて終電の新幹線に滑り込み。
ギリギリ間に合う終演時間で助かった…!
SUPER EIGHT 超DOME TOUR二十祭の思い出(文学フリマ大阪に出ます)
9/14(日)に開催される文学フリマ大阪13に出ます。
ブース:た-31
出店名:前向きエスケープ!
2024年9月~2025年8月の思い出をまとめたエッセイ本で出る予定です。
エイトの現場の思い出はブログにも残しておきたいので、試し読みがてら全文公開します。
推敲・誤字修正はこれからします。
表紙はまだない。

この一年で最大のイベントとしては、やはりSUPER EIGHTの20周年を挙げたい。
Jr.の時期からデビューまでをまともに追った唯一のグループが20周年を迎えた。
旧名・関ジャニ∞の全国デビューは2004年9月22日。
高校一年生だった私は友人と南港で行われた握手会へ行き、炎天下に4時間並んだ。入った部活では偶然にも同じクラスから所属していた3人ともがエイターで、毎回楽しく過ごしていた。
翌年、高校二年生になった初日、新しいクラスで初対面の子に「エイターなんやろ?」と声をかけられ、その子と舞台やライブへ行くようになった。ここではビスコと呼ぶ。
彼女と初めて一緒に行った現場は、初めて大阪城ホールで行われた単独公演『前夜祭』だった。
座席はアリーナ最前列。それ以降のコンサートでは一度も当たったことがない。
私は内博貴の担当で、彼はその公演の2週間ほど前に不祥事を起こし不在になってしまったのだが、それでもコンサートは楽しかった。
メンバーの謝罪で幕を開けたライブは、始まってみれば元気いっぱいで笑いの絶えないエンターテインメントだったけれど、今思えばなかなかのプレッシャーだったのではないかと思う。
そのあとの松竹座での舞台、二度目の握手会、冬のライブは外れて、次に行ったのはゴールデンウィークの大阪城ホール公演。私はいつもビスコと行動していた。
2007年、大学受験の真っ最中に初の京セラドーム公演が決まり、まだ受験を控えていたビスコは私にチケットを譲ってくれて、私は別の友人と見に行った。
8月に大阪城ホールで行われたライブは一緒に行ったけれど、9月に内博貴が復帰したのを境に私が関ジャニ∞から離れてしまってそれっきり。
出戻りしたのは8周年にあたる2012年の∞祭。高1のときの部活の友人が誘ってくれた。
それからビスコとも年に1回ぐらいのペースでライブに行っていたものの、彼女は渋谷すばる担当だったので、2018年に彼が脱退したのを境に、二人でライブに行くことはなくなった。
アイドルの脱退は、目当てのメンバーがいなくなるというだけではない。
それがきっかけで繋がっていた交友関係の結び目がほどけてしまうことも意味する。
二年に一度会うかどうかというぐらいになった。
2022年の暮れにパーソナルカラーを診断してもらったのがかなり久しぶりの再会だった気がする。私の本を買い続けてくださっている方はお持ちかもしれないが、『華の休日』でこのときの話を書いた。(これだけの関係性の相手を、私は宗教かマルチの勧誘かと疑いました。)
こんな調子で、「ビスコと一緒にエイトのライブに行く」という選択肢が近年完全に消滅してしまっていた。だから私は初日の福岡のチケットを2枚で申し込んだものの、誰を誘うかと考えたときに、彼女を念頭に置いていなかった。
九州には、Hey! Say! JUMPファンの友人がいた。普段なかなか会える機会がないので、もしよかったら一緒に行って食事でもどうですか、ということで、彼女とライブに入ることになった。
「楽しそうだけど、私はエイトの歌をあまり知らなくて……大丈夫でしょうか? 何か予習した方がいいでしょうか?」と心配する彼女に、
「大丈夫! 周年ライブだからメジャーどころの曲やると思うし! JUMPに比べて掛け声も振付が多くて大変だと思うから、気軽に来て!」と私は伝えた。
当日はずっと気になっていたアサコイワヤナギのパフェを食べて、みずほPayPayドーム福岡へ。福岡のドーム、名前変わりすぎやろ。
最初の曲はデビュー曲『浪花いろは節』。きんぴかの袴に身を包んだ5人がビルを模したセットの屋上から登場する様は、まさにレコード会社の屋上でデビュー会見を行った関ジャニ∞の成人式。
『NOROSHI』、『キングオブ男』と熱い曲が続き、『無責任ヒーロー』、『あおっぱな』、『ズッコケ男道』と、エイト初心者の友人にも馴染みがあるであろう曲が続いて、私は安堵した。
映像が始まり、「冷蔵庫に入れていた横山裕のプリンを誰かが食べてしまった」という過去の事件が描かれる。エイトの古典落語やなぁと笑っていたら、だんだん様子がおかしくなってくる。かっこいいBGM。鳴り響く黒電話。並んだ黒いスーツ。丸山君が頭上にかぶっていたお面を降ろして、顔を覆う。かつて彼らがアルバムのコンセプトにした始末屋・∞UPPERSのアイテムだ。
「これは、あの、同じ孤児院育ちの、始末屋で……!」
初心者の連れにどうにか説明しようとするも、それどころではない。
私が離れていた期間に作られた∞UPPERS。
リアルタイムで見られなかった、めちゃくちゃかっこいい映像作品とコンサート。
それが突然目の前に蘇ったのである。
「ギャーーーーーーー!?」
ドームにおたくの悲鳴が響き渡る。スーツに着替えた5人が登場する。横山君が煙草に火を点け、それを床に叩きつけると、特効の火柱が上がった。
「ギャーーーーーーー!?」
かつて錦戸君が行ったあまりにもかっこいい演出が再現され、みんな叫ぶことしかできない。
火の演出に合わせ、デビュー会見を再現したビルまで映像の中で燃え上がった。
バチ当たらんか?
ちょっとおもろくなってしまったが、曲はひたすらにかっこいい。
続く『浮世踊リビト』も大好き。何度も繰り返し繰り返し見た∞UPPERSのライブDVDで、この2曲が続くところが本当に好きだった。
次は後方ステージで『アカイシンキロウ』、『モノグラム』、そして『夢列車』。
最近あまりしなかった曲が続いて嬉しい反面、私はかなり心配になってきた。
おそらくこのライブのテーマは「おたくの夢叶えたろかスペシャル」……あまり披露されないけれど人気の高い曲をバンバンやって、ファンを喜ばせようとしているのだと察した。つまり、初心者の友人にとっては全く知らない曲が続く可能性大。
誰やねん、「周年ライブだからメジャーどころの曲やると思う!」とか言ったヤツ……。
しかし始まったからにはできる限り楽しんでもらえたほうがいい。私はなるべく簡単な説明を挟むように徹した。
Jr.コーナーが終わったあとは、横山君と安田君のユニット曲『Kicyu』。
「音源化されていない人気曲です」
続いて、パジャマを着た大倉君が巨大なクマのぬいぐるみとともに歌う『だってアイドルだもん!!』。
「大倉君のソロコンでやった曲で、音源化されてない曲です。私も初めて聴く」
この曲が見られるなんて!と驚きつつ、冷静に邪魔にならないように気を付けて解説を挟み続ける。未音源化曲2連続、楽しめているか気が気でない。
Jr.時代に初めて当時8人でバンド演奏をした『Do you agree?』が続く。
そしてずっと大好きで、いつかやってほしいと思っていたのに長年披露されてこなかった『強情にGO!』が来て、私はもうワケがわからなくなった。
「これ! めっちゃ好きなやつ! 何やったっけな!」
まったく無意味なコメントをしていたら、安田君が「ご唱和ください!」と特にご唱和する記憶がないパートで煽る。
「私も知らん!」と大混乱。
人気の高いカップリング曲『Heavenly Psycho』のあと、シングルの『ワッハッハー』、『イッツマイソウル』と来て、「よかった……やっとメジャーどころに戻ってきた……」と安心する私。
しかし『Cool magic city』が来て、「これカップリング曲でめっちゃ人気のやつ~!」と大興奮しながら解説を挟む。
MCではおしっこの話題になり、「JUMP担の前でおしっこの話をするのはやめてくれ……」と祈った。山田涼介、絶対そんな話せんやろ。翌日会った友人にも「え、昨日JUMP担と一緒だったんですか? あのMC大丈夫でしたか?」と心配された。
ちなみにこのあと2公演入ったが、2公演ともおしっこの話だったので、SUPER EIGHTは毎日おしっこの話をしているのかと思った。
アコースティックバージョンの『10年後の今日の日も』はクリスマスなので、12月のライブにぴったり。
デビューから現在までのCDジャケットを振り返る映像のあとで披露されたのは、メンバー紹介ソングの『SUPER ∞o'clock』だ。
続く『〝超〟前向きスクリーム!』では、メインモニターにこれまで関わってきた有名人やアーティストの方々が躍っている映像が流れており、私は目頭が熱くなった。
関西ローカル番組で結成された彼らが、この20年でたくさんの人たちと出会って、愛され、このような映像をお願いして引き受けてもらえたのだと思うと、すごいなぁと思った。ヘトヘトのうんざり顔でも踊ってくれているマツコ・デラックスが一番泣けた。
三十路男性ネタの『三十路少年』がリニューアルされた『四十路少年』では大笑い。
「足つってもうて戻ってこれへん四十代」と「メールはキモい絵文字打つけど」がツボだった。
こんなノリの曲のあとに突然の『YOU CAN SEE』で、観客はパニック。これまた音源化はされていない、村上君と丸山君の妖艶なユニット曲である。
もう人生で、生で見られると思ってなかった。
水のトンネルで踊る『Water Drop』も、私が行かなかったライブでの演出を再現しており、DVDでしか見たことがなかったものをこの目で見られて感激した。
ダンスで見せる『WASABI』に『Sorry Sorry Love』はかっこいい。
村上君のピアノ演奏を囲んで始まる『大阪ロマネスク』では、モニターに映る村上君の指が震えているのがわかった。あれだけ人前に立つことに慣れている人でもまだ緊張ってするんだなと思った。
バンドコーナーの『ツブサニコイ』では横山君が号泣。『High Spirits』、『象』と続く。『象』には「10年後またここで会おうよ」というフレーズがある。次の三十祭が無事に楽しく開催されることを願う。バンドバージョンでもう一回『ズッコケ男道』がきて、『〝超〟勝手に仕上がれ』で盛り上がった。『LIFE~目の前の向こうへ~』のあとメンバーそれぞれの熱い挨拶を挟み、『LIFE GOES ON』で本編が終了。
紙吹雪の舞う中で寄り添いあいながら歌う5人が「すごくいいもの」に見えた。
エモいとか感動とか愛おしいとか、どれもぴったりとは当てはまらない。
涙を流す人もそうでない人も、真ん中のステージに仲睦まじく集まっていた。
みんな清々しい顔をして、お互いや客席を見ていた。
決してメジャーではない曲を詰め込んで、過去のファンが気に入っていたもの、あとから好きになったファンが自分も見てみたかったと思うようなものをいくつも再現して、これでもかというぐらい「ファンが喜ぶモン思いっきり見したるぞ!」というパワーを感じた公演だった。
全員、すっかり満足して、もういなくなっちゃうんじゃないかと思うほどだった。
幸いそのようなことはしばらくなさそうだけど。
20年以上いいことも悪いこともバカなことも悲しいこともたくさん一緒に経験して、友達であり同僚である彼らのような関係が、私はとても羨ましい。
力強くて、愉快で、かっこよくて、おもろくて、この世に存在する褒め言葉をひとつひとつ書いていっても到底足りない量の紙吹雪の中で、彼らは輝いていた。
アンコールは『パノラマ』、『なぐりガキBEAT』、『へそ曲がり』、『Wonderful World』、『T.W.L』、『関風ファイティング』、『旅人』、『DREAMIN' BLOOD』、『大阪レイニーブルース』、『CloveR』、『がむしゃら行進曲』、『急☆上☆Show!!』、『軌跡とキセキ』という、盛りだくさんぶりだった。
JUMP担の友人は「公演時間ってどれぐらいですかね? 2時間半ぐらいだと思うんですけど……」と終電時刻の相談をしてきたので「たぶんエイトは3時間ぐらいやるよ」と言っていたのだが、予想を上回る3時間20分となった。
友人はわからない曲が多いなりに周りの反応を受けて「これはみんな嬉しい曲なんだな」と思いながら見ていたらしい。楽しんでもらえたようでよかった。
「JUMPの20周年もエイトのように素敵なものになってほしい。そのときのライブを、ぜひ華さんにも見てほしい」と言ってくれた。こんなに嬉しい感想があるでしょうか。
夢のような時間だった。
今まで、どのライブももちろん楽しかったし大満足してきたけれど、今回の二十祭はそれらのライブの最高の部分ばかりを集めて詰め込んだ集大成のような公演だった。
私は「ビスコともこのライブを見たかったな」と思った。
断じて、今回一緒に入る相手が違えばよかったのに、ということではない。
彼女がエイトから離れて何年も経つ。
だから、現在もこのライブを一緒に楽しめるような状況だったら、きっと昔を懐かしんで盛り上がれただろうなと思ったのだ。
すばらしく楽しかったライブの余韻と寂しさに浸って数日後、ビスコの誕生日を迎えたのでお祝いのLINEを送ったところ、返信が来た。
「久しぶりにエイトのライブ行きたい」
ネットでファンの感想を見て、懐かしい曲や演出に興味が湧いたらしい。
私が取れたチケットはすでに終わった福岡公演しかなかったが、当然こう返した。
「行こう!」
この時点で、東京公演も大阪公演も一般発売はすでに終了していた。
だけど行く。行くっつったら行くのだ。
私は毎日チケットぴあを確認し続けた。一般発売は完売したとしても、たまに「戻り」が出てくる。入金期限を過ぎてキャンセル扱いになったチケットが復活するのだ。
それを狙い続けたところ、ついに月曜の東京公演を2枚確保することができた。
年末年始休みが迫る平日だが、繁忙期だが、仕事は休めばいい。
久しぶりにビスコがうちに泊まりにきた。
「うちらも二十祭や」と高校時代のライブ感想を書き綴ったプリクラ帳を出して見せ、あまりにも若々しいノリに悶えつつ思い出話に花を咲かせた。
衣装と同じTシャツを作って着ていったこと。
初めてのタイアップ曲目当てで映画を観に行ったこと。
名古屋公演ついでに名物をたらふく食べたこと。
月曜の朝に東京へ向かい、とらやカフェでお茶を済ませて、東京ドームへ。
一般発売のチケットなので、そんなにいい座席は期待できない。
だけどそんなことはどうでもよかった。案内されたゲートは案の定2階席だ。
表示に従って、客席の細くて急な階段を上がっていく。
自分たちの座席にたどり着いて、私たちは大笑いした。
ステージ正面の一番上の席。天井が近く、後ろには壁しかない。文字通り最後尾だ。
私たちはペンライトを灯した。ビスコは渋谷すばるの赤で、私は内博貴のピンクだ。
どちらの担当も、もういない。
しかしそんなことは全く気にならないほど、二十祭はあまりにも楽しかった。
初めて一緒に入ったライブではアリーナ最前列だったのが、久しぶりに一緒に入った20周年ではステージから最も遠い場所で、見事な結末を迎えた気分だった。
しかしライブにはアンコールがある。
東京公演を終えて年を越し、1月の大阪公演の直前、制作開放席の申込案内が届いた。
機材等の配置が確定したあと、見切れる部分があることを承知の上で開放される座席のことだ。
この抽選に申し込み、なんと当選した。
ビスコを誘うとまた行きたいと言ったため、もう一度一緒に入ることになった。
今度は正面ステージが見えないほど真横の席だ。位置的にはアリーナ最前列より前。
全てが極端である。
私たちはまた、赤とピンクのペンライトを振った。
最後の挨拶では安田君が、いないメンバーの色もつけてと提案してくれたため、順番に赤、ピンク、黄色とそれぞれの色に染まるドームの景色を見ることができた。
なんと感動的なこの瞬間、ビスコのペンライトの電池が寿命を迎えた。
慌てて鞄の中の替えの電池を探し始めると、今度は私の足がつった。
出会った頃には高校生だった私たちもエイトと同じように年を重ね、「足つってもうて戻ってこれへん四十代」に近づきつつあることを実感した瞬間だった。





