国内線が復活したニュースがちらほら出て来たけれどまだ遠くに行くのは憚られるという状況で、こんな映画を見てしまった。旅に出たすぎて困る。
500ページの夢の束
大好きな『スター・トレック』の脚本コンテストのためにハリウッドを目指す、自閉症のウェンディ。初めての一人旅には、誰にも明かしていないホントの目的が秘められていた―
Amazon Primeにあったよ!
『スター・トレック』については本当に何もわかっていないのだけど、わからないなりにわかるようになっていてちゃんと楽しめた。でもわかる人はもっと楽しいんだろうなと思った。
ネタバレだらけです。
主人公のウェンディは自閉症で施設で暮らしつつ、シナボンでのアルバイトをして過ごしている。
お出かけするときにあの通りから先に行ってはいけないとか、赤信号は渡っちゃだめとか、何曜日にはこの色の服を着るとか、安全に混乱なく過ごすために、いくつも決めごとがある。
脚本のコンテストに応募しようとしていたのに、かんしゃくを起こしてしまってタイミングを逃し、もう郵便では間に合わないと思い詰めて一人でロサンゼルスに出かけることにするウェンディ。(あらすじを全く読まずに観始めたので、え!?出し忘れてどうするの!?とここからドキドキだった)
「このバスはロサンゼルスに行く?」と尋ねても冷たくあしらわれてなかなか目的のバスにも乗れない。
初めての一人旅を思い出した。まさに目的のバスに乗るまで行先も方法もわからず四苦八苦して、地図を見てもわからないし、行けば違うと言われるし、もうなんもイヤになって泣いてしまったことがある。その居心地の悪さを思い出した。
でも、そのときはバスの運転手さんがわざわざ降りて、正しい場所まで連れて行ってくれたんだ。
ウェンディにも、やっと教えてくれる人に出会えてほっとした。
渡ってはいけない通りの向こう側に目的のバスがあるということで、「この通りは渡ってはいけない」というルールを破る。
教えてもらってそっちへ行っても、チケットがないと乗せられないと叱られる。
どこで買うのか、いくらかかるのか、いちいち確認しなきゃいけない。慣れない通貨でもたついてしまって、店員さんや後ろの客の視線が気になる。
何から何まで調べたり聞いたりしないとわからない旅の不便さはいつまで経っても苦手だけど、Googleで検索して済ませることのできないウェンディはもっと大変だ。
着いてきた犬をバッグに忍ばせて、「ペット持ち込み禁止」のルールを破る。
途中でバレて降ろされてしまって途方に暮れるけど、緊急連絡先には電話もしないし、メモは捨ててしまう。「迷ったらここに電話」というルールを破る。
その先で、出会った夫婦?に騙されて金とipodを奪われる。
旅先で出会った人は簡単に信用しちゃいけないし、自分の荷物を置いて席を立ってはいけない、iPhoneはスリや強盗に狙われる、という教訓が詰まっている場面だった。
ドイツで出会ったネパール人の女の子から一緒に観光しようと誘われたとき、もしかしたら怪しい人かもしれないと朝から晩まで自分の手荷物を握りしめていたことを思い出した。(普通にめっちゃいい人でした、疑ってすみませんでした)
外国の地下鉄でかばんの口をぎゅっと握りしめる感覚、iPhoneを盗られないように街中ではこっそり見ること、それでも慣れてくると油断している自分にドキッとして冷や汗をかく感覚がよみがえった。
売店でお菓子を買うときに、店員にぼったくられそうになったところを、後ろの女性客が助けてくれる。嫌な目にあったけれど、優しくて強い人に助けられてよかったなぁと思う。
女性の孫と話が合いそうだ、という場面があった。何気ない世間話に見えたけど、救いのように感じた。
施設にこもって、バイト先でもうまくコミュニケーションが取れなくて、姉にも受け入れてもらえないように見えて、自分の殻にこもってひとりぼっちに見えたウェンディには、どこかに「同じものが好き」という同志がいることを知らなかったんじゃないかなと思って。
次は乗っていた車が事故に遭って、病院に搬送されてしまう。
抜け出すときに、一生懸命書いていた脚本がばらばらに飛んでいってしまって、そのうえを車が踏みつけていってしまうのがつらかった。
でも集めていると捕まってしまうから逃げるしかなくて、なくなったページの内容を手書きで補おうとする。
「完璧な書式で」というルールを破る。
また、バスでの移動を試みる。朝が来て、曜日ごとに決めている服の着替えを持っていないので、「何曜日は何色」のルールを破る。ついでにシャワーを浴びるというルールも。
無事にロサンゼルスに着いたと思ったら、捜索願を出されてしまっており警官に追いかけられてビルに逃げ込むウェンディ。
隠れている彼女に向かって、警官が『スター・トレック』に出てくる言語で話しかける。
ここでも、同じものを好きな人が現れてよかったねと思った。
一人で心細いときに同じものを好きな人がいるとわかるだけで、安心感があるもの。
そして、警官や迎えに来たソーシャルワーカーの息子が脚本をすごく褒めていたのもよかったなあ。
気遣いとかお世話じゃない笑顔で、自分が作ったものを他人に認められるっていうの、ウェンディに今まで何度あったんだろうか。
私は『スター・トレック』のことを何にも知らないけど、売店の女性客の孫の話も、警官も、ソーシャルワーカーの息子も、何もない宇宙にいたらようやく通信に応答があったみたいな感じなのかなと思った。
無事にスタジオについて、やきもきしながら信号が青に変わるのを待って、締め切りに間に合って目的の部署に到着。
「消印がないと認められない」というルールに爆発してはねのけて(この方法がまた爽快だった)、最後は晴れ晴れとした様子でみんなが待っている車に戻る。
あまりにも達成感が勝ってしまって、最後に「赤信号は待つ」というルールも破る。
ずっとルールでがちがちに守られた世界に独りぼっちでいたウェンディが自力でルールを破りながら進んでいく様が、清々しくてとても好きだった。
バイト先の子も気にかけてくれていたし、ソーシャルワーカーもきちんと見てくれているし、姉も施設に来るし、独りぼっちでいたというのは違うかもしれないけど、「世話をしてもらう」のと「心から好かれる」のとは、ちょっと違うよなと。
自分の「できない」「しちゃいけない」で固まった世界を破って、自分の好みに応答してくれる人と出会えて、世界を広げていく感覚がとても好きな映画だった。
そして、ちょっと違うけど、「自分で航空券や外国のホテルを予約するの無理」とか「バスは複雑で乗る勇気がない」とか「SIMカードよくわからん」とか、ひとつひとつ小さいハードルを乗り越えて、外国で好きな景色やかわいいお店に出会えたり、優しい人と交流できたりして、少しずつ他の国を知ってきた感覚が一気にぶり返してきた。
も~~~旅行に行きたくてたまんないな!!!